皆様
11月11日「第一回サーターアンダギー祭り」が開催されました。
多くの方に参列していただき、大変充実したサーターアンダギー祭りとなりました。
本日はお祭りでご説明しました「開催趣旨」を書き起こしてみました。
少し長くなりますが、ぜひお読みください。
 「第一回サーターアンダギー祭り、皆様のご参列ありがとうございます。
さて、開催趣旨をお話いたしますが、時は2005年ほどにさかのぼります。当時、今と変わらず会議を行い「売れる商品」や「次は何が売れるのか」など話をしていました。今考えると「流行りもの」を一生懸命追っていたような気がします。2006年になり、とても素晴らしい出会いがあります。100年以上続いている老舗企業の皆様との出会いです。その方々に大変懇意にさせていただき、京都・福島・東京に私が行くことになりました。京都は、お豆腐屋さん、福島は、饅頭屋さん、東京は、スイーツなどなど・・・・。
さてこの方々とお会いし、会話の中で大変素晴らしいヒントを頂きます。
  「京都や福島では、皆様が製造している素晴らしい商品をたくさん見せていただきました。我々も新しいものをどんどん取り組んでいきます。」
  「安里君達は、何を作っているの?」
  「我々は、サーターアンダギーと黒糖ぐらいでしょうか」
  「あるじゃないか!!サーターアンダギーや黒糖など、それから沖縄についてもっと深く調べたほうが良いよ、我々だって豆腐と饅頭を作っているんだよ、流行りものより自分達が何者なのか調べてごらん。きっと大切なものがあるはずだから!」ハッとしました。今までたくさん売ってきたサーターアンダギーが何なのか、沖縄が何なのか、はたまたフルーツランドが何なのか、自分は何なのか、1つも答えることができなかったのです。さて、そこから3つの事を調べ始めます。
1つ目は、琉球王朝の歴史です。
2つ目は、御菓子の歴史です。
琉球古代神々の時代から、第一尚家、第二尚家、薩摩の侵略から琉球処分、太平洋戦争に入るまでの各国の動き、そして沖縄地上戦まで琉球王朝の歴史を調べるにつけ、大変素晴らしい歴史があることが分かりました。大変感動しました。
場所はフルーツランド内《安里家ダイニング&キッチン》で執り行うことになりました。
この立派な祭壇も神主さんのアドバイスをいただき
スタッフで作りました!
神事式次第
サーターアンダギー祭り用に新調した法被!
いろんな色を考えましたが、白色にしました。
なんだか心が引き締まる感じでした。
フルーツランド 安里博樹 社長
「サーターアンダギー祭り」の企画・実施をはじめから最後まで
プロデュース。思いをスタッフに伝え、全員で内容の濃い
祭りに仕上げました。
 我々の生まれた故郷の歴史は、日本本土にも中国にも、世界各国に比較しても負けないくらい素晴らしい歴史があったのです。そして、御菓子ですが、こちらも歴史の中で培われたノウハウや出会い、御縁がもとで生まれてきており、大変素晴らしい物語がたくさんあるのです。その中で特に素晴らしい物語を含んでいたのが、「サーターアンダギー」でした。サーターアンダギーは、頭の部分が割れています。割れている部分が笑っているように見えることから、「幸せの御菓子」として誕生しました。
  沖縄フルーツランドでは、30年以上前にこの幸せの御菓子を幸せな気持ちで観光に来るお客様にお届けしたいとの思いで、祖母、安里恵子さんを中心にサーターアンダギーの製造が開始されました。大好評をいただき、今でも大定番として売れ続けています。
さて、この御菓子は、琉球王朝時代、当時の宮廷料理人が中国を訪れた際に、その美味しさと幸せという意味にひかれ、琉球へ持ち帰ってきました。中国では「開口球」、台湾では「開口笑」という品名で売られています。しかし沖縄では残念な事に「サーターアンダギー」という名前で用いられました。それが後々大切な意味が忘れ去られる結果になるのですが・・・。
  幸せの意味があるサーターアンダギーは、結婚式をはじめ青年祝いなど幸せな場所に登場します。また沖縄は、種まきや漁業などは月の「陰暦」を用い行われます。収穫ももちろん陰暦です。そしてお祭り、豊年祭もそうですね。月と共に生き、祝い、その幸せな場所で食べるのはサーターアンダギーです。そしてサーターアンダギーの「生まれ方」は、とても幸せです。油の中でコロコロ転がり、表面に出て来ると、頭の部分がパカッと割れます。とても嬉しそうに生まれてきます。
稲嶺名護市長にもご言葉をいただきました。
粛々と神事を終え、次は安里家ダイニングキッチンの
エントランスに設置している、
安里家の歴史を皆様に紹介しました。
粛々と神事を終え、次は安里家ダイニングキッチンの
エントランスに設置している、
安里家の歴史を皆様に紹介しました。
安里家が引継いだ名頭に「普」がついています。
「普」には、「広くいきわたる様」という意味があるそうです。
私がまだこの会社に来た頃、サーターアンダギー工場で安里恵子さんと言い合いをした事があります。恵子さんは、割れていないアンダギーをどんどん捨てているのです。私は、「味も賞味期限も全て同じなのに、なぜ商品から外すの!もったいない!!」と言いってしまい、結果お互いの言い合いになってしまいました。しかし、今なら分かるのです。割れていないサーターアンダギーは売ってはいけないのです。サーターアンダギーは笑っていなければ、サーターアンダギーではないのです。その大切な思いを形にしたのが「ASATOYAブランド」です。

サーターアンダギーは笑って(割れて)生まれてきます!
 ASATOYAブランドを説明する前に、安里家の説明をしなければなりません。
先ほど書いた3つの調べ物の3つ目が、「私は何者なのか」です。その手掛かりとなったものが、八世安里普徳が書き残した「家譜」の写しでした。昭和37年頃那覇市安里にある直系の家へ行き手書きで書き写していたのです。その家譜をヒントに2007年から過去をたどっていきました。そしてなんと!!今年5月、原本が見つかったのです。家譜の中には大変素晴らしい安里家に伝わる「思い」がありました。それは、安里家が引継いだ名頭「普」です。「普」には、「広くいきわたる様」という意味があります。筑登之親雲上という位を頂き国政についた初代安里普寛は、「普」の下に善・良・栄など皆がこうなるように言う思いを込め名づけていきました。その思いは三六〇年長きにわたり安里家の中に引き継がれています。いろいろなブランド名を考えたのですが、これだけの素晴らしい思いは他にはないと思い、安里家をそのままブランド名としました。

  さて、サーターアンダギーの幸せの物語、ASATOYAブランドの思いをどう伝えていくか、そして守っていくかを考えました。そしてそれを伝えるに、お祭りを開くことを思いつきました。それがこの「サーターアンダギー祭り」です。
このサーターアンダギー祭りを毎年開くことで、沖縄の歴史やお菓子の重み、素晴らしさ、尊さ、そしてお客様に対するお福分けの心、感謝の心、そして我々自身はその誇りを忘れないよう繰り返していきます。さて最後になりますが、最近いろんな場所のお土産屋さんへ視察に行きます。そこで、気になるのですが、よく割れていないアンダギーが売られています。とても悲しくなります。そんなことをしていたら沖縄の意味は、失われるだけです。
  我々は、今回ASATOYAブランドからサーターアンダギーを「結月果報」という名前で新しく生み出します。サーターアンダギーは、昔ながらの製法で、水を一切使用しない卵だけで作った濃厚なアンダギーです。それにサーターアンダギー10の物語を付加価値としてお届けしていきます。今後もASATOYAブランドからは、どんどん新しい商品が販売されます。ぜひ毎年開かれるサーターアンダギー祭りと共に末長くお付き合いいただけたら幸いです。
本日はお忙しい中ご参列いただきありがとうございます。
フルーツランド代表取締役社長 安里博樹
〜滞りなく、サーターアンダギー祭りが終わり、
その後は、親睦会へと続きます。〜
新メニュー《ジュエリースイーツプラン+フルーツティー》も
皆様にお召し上がりいただきました!大好評!
フルーツクチュリエがお客様の目の前で調理いたします。
 HOMEHOME 亜熱帯果樹園・南国フルーツを体験するなら! OKINAWAフルーツらんど
〒905-0005 沖縄県名護市字為又1220-71 TEL 0980-52-1568/FAX 0980-52-1104
Copyright(C) トロピカル王国 OKINAWAフルーツらんど All rights reserved. -Link-
〔OKINAWAフルーツらんど〕ホームに戻る